海外ボランティア2002 〜フィリピン〜

  

2002年 8月8日(木)〜27日(火)

 今年度は5名の参加者が海外ボランティアに参加しました。それぞれが沢山の出会いを通してすばらしい体験をしてきました。

CONTENTS

『人と出会うことにより心が成長する』・・・・・河面 彩子

『フィリピンでの20日間』・・・・・・・・・・・・・・・森田 千絵子

『家族とは・・・』・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・郡谷 杏子

『海外ボランティアでの体験』・・・・・・・・・・・・・示野 雅子

『フィリピンでの人々の出会い』・・・・・・・・・・・東山 愛妙 

『人と出会うことにより心が成長する』       河面 彩子 

 フィリピンで過ごした20日間は、私にとって、人生最高の夏休みになりました。もしも、フィリピンに行っていなかったら、きっと多くの人々が東南アジアの国々に対して持っている「貧しい」という、イメージを今も持っていたと思うし、あの素晴らしい笑顔を持った子供たちに出会うことは決してなかっただろう。私は、フィリピンに行く前日までアルバイトをしていて、心の準備も何も出来ていないまま、フィリピンに来てしまい、最初は、トイレに便座がない!お風呂もかけ湯で、虫もたくさんいるなど、正直生活面で戸惑いを感じ、暑さと疲れと環境の変化により、3日目にして39度の熱を出してしまいました・・・

 フィリピンの子供たちは、とにかく人なつっこくて、明るくて元気で貧しさやそれぞれが抱えてる苦しみなど、これっぽっちも感じさせないほどの笑顔をもっていた。教育を受けていない小さな子達は、英語が話せないため、タガログ語でいっぱい話しかけてくるが、私はタガログ語がわからないので、困っているとそれでも片言の英語で話しかけてくれたり、英語を話せる子を連れてきて一生懸命話しかけてくれる姿がとても嬉しかった。たくさんの子供たちがなついてきてくれる。私も出来るだけたくさんの子達と手をつなぎたい。触れたい。しかし、私の手は二つしかない。自分に出来る精一杯の事をしてあげたい。

 私に何が出来るのだろうかと考えていたとき、あるシスターに、ボランティアとは何かをすることしてあげることではなく、相手の存在を認めてあげること。人間にとって一番大切なことは存在感を認め合うこと。ストリートチルドレン同様、ネグロスの人々は、日本人がこのフィリピンという国、むしろ自分の町に来てるなんてことは本当に凄い事でわざわざ日本から自分たちに会いに来て自分という存在を知ってくれる

ことはすごいことである。小さい子達は、きっと、私達の名前も顔も忘れてしまうかもしれないけれども、いつか大人になったときに、昔、日本人が自分たちのために会いに来てくれたなと思い出す。それでいい。接することが大切なのであるという話を聞いた。 

 

人間は、人と出会うことにより心が成長するのだと改めて感じました。私は、心からフィリピンの子供たちに出会えてよかったと思う。この子達から。元気、勇気、優しさ、笑顔、純粋さ、などたくさんのものをもらった。子供たちは1人1人目が輝いていて笑顔いっぱいで、本当にあの笑顔にかなうものは何もないと思う。私達が子供たちにジュースとパン2個を配っていた時、1人の女の子が他の子はパンを食べているのにその子は、一生懸命鞄に大事そうに2つともつめていて、その子がその時おなかいっぱいだったかどうかはわからなかったがきっと家族の為に持って帰ってあげるのだと思った。健気な優しさと貧しさを目の前で感じた。またネグロスの子供は、私にパンを分けてくれようとしたことに感動した。

 実際にフィリピンの生活は、貧しい。しかし彼らは貧しくても幸せだった。彼らのいいところはその日その日を楽しく生きていこうという考えをもっている。とても心の豊かな国である。私は本当の豊かさをこの国から学びました。そして、ここにきて少しだけ自分というものを発見できた。私には、子供との関わり、触れ合いが必要だという方向性が見えてきた。

 本当にフィリピンに行ってよかったと心から思います。優しいシスター達、ヴィーデスメンバー、望月シスター、稲川シスター、一緒に過ごした仲間達、すべての人に感謝します。またいつか必ず私の大好きなフィリピンに戻ってきたいと思います。私の出会った全ての人が幸せにくらせますように。

 

 


『フィリピンでの20日間』          森田 千絵子

フィリピンで過ごした20日間は、わたしにとってとても良い経験になった。マニラのストリートチルドレンに会う前は言葉の問題もあるので、子供達と仲良くなれるのか不安だった。しかし、子供達はすごく人懐っこく、笑顔がとてもかわいい子達だった。すぐに私達の名前を覚えてくれ、たくさん話し掛けてきてくれた。英語ができる子がタガログ語を通訳してくれたので、お互いに自己紹介をしたりして、仲良く遊ぶことができた。フィリピンでは日本のアニメが流行っていたようで、一緒に主題歌を歌った。また、子供達は写真を撮られるのが大好きなので、カメラをかまえるとみんな集まってきてたくさん写真を撮った。

 ネグロスでの合同キャンプではトラックの荷台にギューギューになって乗ってきた2000人の子供達が印象深い。マニラの子供達とはまた違う顔をしているが、人懐っこさやかわいい笑顔は一緒で、歌とダンスのコンテストやゲームをしている時は夢中になって、子供達と一緒に応援して、喜んだりすることができた。子供達のお土産として渡す、お米や文房具、洋服などの入った袋を2000袋作るときは、時間も手間もか

かってイライラしたこともあったけれど、その袋をもらって喜んでいる子供達の笑顔は素晴らしかった。

 フィリピンと日本の間には言葉と文化の違いがたくさんある。しかし、「一緒に何かをする」ということはそういった違いを超えることで、フィリピンVIDESの人達やシスター方に支えられて、私達は本当に良い経験をすることができたと思う。フィリピンで過ごした20日間は良い仲間と良い経験を得た中身の濃い、有意義な20日間だった。

 


『家族とは・・・』                 郡谷 杏子 

 今回のフィリピン訪問にあたって、私が考えようとしていたテーマは「家族とは何か」というテーマでした。近年、日本では様々な家族に関わる問題が発生してきている。フィリピン、日本両国の環境に身を置くことで、自分が常日頃考えてきた「家族」のあり方の解に少しでも近づければという思いで、様々なボランティア活動に参加した。

 私は以前、家族なんていらない、一人で生きていける、そう思った時期があった。昨年までは。そして「フィリピン」という国に行くまでは。

今回2回目のフィリピン訪問であったが、「家族とは何か」という問題につながる発見があった。子供たちは一年間で身体的にも精神的にも大きく成長していたが、昨年ストリートチルドレンだった子供たちの数多くが、姿を見せない。子供によっては親の都合で引っ越して行った子供もいるだろうが、親の生活環境の変化により子供たちの境遇も大きく変わってきているこ

とを目の当たりにして、様々な感情が沸き起こってきた。親の収入によりストリートチルドレンから親元に戻った子供がいる一方で、親の収入が皆無になってしまった結果、子供の年齢にもよるものの、独り立ちして働きに出ていった子供もいた。かれらの生活環境が彼らを取り巻く家族の環境によってこれだけ短期間に大きく変化したのだ。彼らを取り巻く環境、特に彼らと強く結びついた家族の変化によって、彼らの人生も大きく変化しているのだ。

 人は一人ではやはり生きてはいけないものなのだ。何事にも助け合い、どんな時も共に笑い、苦しみ、喜び、そして相互の信頼関係を築いていく。そこに「愛」が生まれ「家族」というものができるのだと私は考える。頭で考えるよりも実際に生活するとよく感じることができた。

 ボランティア活動でストリートチルドレンとひたすら遊び続けた。彼らの中には非常に目の輝いている子

供がいる一方で、犯罪等に身を投じてしまう子供たちもいる。彼らの生活条件によるものと整理してしまえば簡単かもしれないが、私はそのような整理ではなく、家族や人間関係の中から彼らの生活行動を捉えてみた。彼らの行動や目の輝きが彼らを取り巻く環境から発生していると考えれば、彼らの存在価値を如何に彼らに認識させるかが重要ではないか?そのため、私は彼らとひたすら遊んだ。何も考えずに彼らと対等な人間として遊び続けた。私の考えでは、遊ぶとは「誰かの存在を楽しむこと」であり、愛されている、今ここにいる、生きているということを子供たちが感じとってくれれば、自分は愛される価値のある人間と感じ、自信が持て、自分を好きになり、明るい子供らしい表情になる。元来、経済的な問題がなければ、精神的に「ゆたか」になれる子供たちなのだ。テレビゲームやコンピューターなどを持たない彼らは、経済的には日本の国の子供たちより遙かに劣っていることは間違いないはずだが。

 ひるがえって、現代の日本の子供たちは、一体どうだろうか。いつも塾や時間、友達関係に追われ、生きている、今何をしているのかさえ分からず、人の愛し方、愛され方が分からない。

 本当に大切なものは頭で考えるものでもないし、目に見えるものでもない。ストリートチルドレンとの遊びの中で感じた感覚から言えば、日本の子供たち自身、自分が愛されている存在と感じているだろうか?世間体やら学校の級友から出遅れまいとする焦燥感などによる義務感で毎日を過ごしていることはないだろうか?何か一つきっかけがあれば人は変わることができる。今私は22歳。忘れかけていた本当の「ゆたかさ」を求めてこれから生きていこうと思う。

 最後に、今回の旅を通して私を大きく成長させてくれた多くのシスターをはじめ、フィリピンVIDES、そして共に良い経験をした4人に厚く感謝します。


『海外ボランティアでの体験』        示野 雅子 

 私は今回初めてボランティアに参加した。フィリピンに行く前は、子供とどう接すればいいのか、実際向こうでどんなことをすればいいのかなど、わからないことだらけだった。しかし、フィリピンに行って、子供達と会うと、そんな悩みはふっ飛んだ。とにかくストリートチルドレンは人なつこい。私達が姿を見せた途端に集まってきて、それぞれが笑顔で話しかけてくる。もちろん英語が話せない子もいるし、私も英語が苦手なので会話らしい会話はほとんどできなかったが、楽しそうに私達と過ごしてくれた。私達と会っている時、子供達は常に笑顔だった。シスターからの話によると、ストリートチルドレンの生活は本当に厳しく、今日食事が食べられるかわからないような生活をしている子がたくさんいるらしい。でも、子供達の明るさに接していると、そんなことは全く感じられない。とにかくみんな楽しく生きている印象が非常に強

かった。自分の今いる状況がどんなものであれ、その与えられた状況の中で、いかに楽しく過ごし、前向きに考えていくかということを子供達から学ぶことができた。日本にいたらこのようなことを感じられる機会はなかなかないので、今回とても貴重な体験ができて本当に良かったと思う。


『フィリピンでの人々の出会い』        東山 愛妙 

 たった20日間という限られた短い時間の中で、私は多くを見、考え、学んだという充実感が心の中にあります。日本で平凡に生活していたら出会うことのできなかった体験、感じることのできなかった思い、を経験でき、大変嬉しく思います。

 フィリピンで出会ったすべての人、特にストリートチルドレンをはじめとする子供達との触れ合いはとても印象的なものでした。わたしは国際ボランティアという枠組の中で誰かに何か奉仕するという立場にあると考え、参加した訳です。しかし、本当はそうではなく、出会いによって私がそこから何かを感じ、何かを得ることによって成長させられているのだとある時気がつきました。フィリピンの人達は、透き通った目と、笑顔で私に接してくれました。たとえ、どの様な環境で生まれ育ってきたとしても、それは変わりありませんでした。私達、日本人からすると、厳しい、乏しい生活をする人に対し、かわいそう、とか幸せでない、というイメージをもつ傾向にありますが、本人にとってそれは不幸ではなく、毎日を生きていられること自体が幸せで、つまり豊かな生活であると感じました。だからこそ、誰に対しても開かれた心と笑顔でいられるのだと思います。そして、日本人と違う面は他にもあります。フィリピンの人達は年齢を問わず、すべての人が力強く生きる、生命感を強くかんじました。町には、いたるところに働く人の姿を見ることができ、それは活気に満ちていました。日本人はよく働

きすぎだと言われますが、こちらの方のほうがよほど働き者と思うくらいです。ただ、時間の使い方など、日本人の私が受け入れられない面もあり、国民性の違いを感じる場面もありました。

 その国を理解するには、まず良い所、そうでない所、両方を肌で感じ、目で見て、考え、共に生活して、はじめてそれが見えてくると思います。今回、旅行としてでなく、フィリピンで生活できたおかげで、そこから得たものは大きく、とても感謝しています。中でも、家族というものの意味を考える良い機会になりました。それは、たとえ血のつながりがなかったとしても、同じ時間を共有した人であればそれは家族という団体です。私はフィリピンでたくさんの家族ができたと思っています。シスターの方々、VIDESフィリピン、VIDESジャパンのメンバーです。それらの人達は皆、たくさんの愛で私を包んでくれ、又、私も心を開いています。このように感じることができる人達の出会いは、私の人生においても貴重なものです。そう考えると、このボランティアに参加できて、本当によかったと心から思います。ありがとうございました。一生忘れることのない思い出になりました。

 さいごに、稲川シスター、望月シスター大変お世話になりました。言葉では言い表せないほど感謝しています。そして、どんな時も一緒に頑張ってきたVIDES Japanのメンバーみんなほんとうにありがとう。

この出会いをこれからも日本で続けていきましょう。