海外ボランティア2001 〜フィリピン〜

  

2001年 8月15日(火)〜9月3日(日)

 今年度は6名の参加者が海外ボランティアに参加しました。それぞれが沢山の出会いを通してすばらしい体験をしてきました。

CONTENTS

「私の第2の故郷」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・郡谷 杏子

「フィリピン」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・外川 良子

はじめての海外ボランティア体験・・・・・・・・青木 三枝

海外ボランティアに参加して・・・・・・・・・・・・木村 幸子

「神様、VIDESと共に・・・!」・・・・・・・・・大駒 直子

「再会」・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・伊藤 加奈子

 

「私の第2の故郷」        郡谷 杏子

 何から説明していいのかわからないぐらいに貴重な体験をした。たくさんの人に出会い、驚くような出来事がヒィリピンでの20日間を通して私を大きく成長させた。貧富の差は激しいがとても温かい人を引きつける力のあるフィリピンは私にとっての第2の故郷である。

 物が豊かで何不自由なく当たり前のように暮らしている日本の多くの人に私の体験談を話し、何かを感じてほしい。私が一番心に残った言葉。(西本神父様のお話)フィリピンにいるまだ小さな少女がビニールについているハムを舐めて「今日舐めている甘さよりも明日の方がもっとたくさんついていておいしいかもしれない、天国に行ったらもっとおいしいかもしれない。」

なんて日本は食べ物に困っていないのだろう。大きなものを私の心に残していった。SC(ストリート チルドレン)の家を見ては、貧しさの中にも温もりのある「家族」というものを見つけた。小さな家の中に何

十人もの人が住んでいる。それでも工夫をこらし協力しあい暮らしている。理想の家がそこにはあった。その帰り道私は思わず号泣してしまった。いっぱい遊んだ子供たちとの日々、すばらしい家族の笑顔が忘れられなかった。この時ほど日本に帰りたくないと思ったことはなかった。雨の日も歩いてくるのかと思うととても長く感じた。 そんな時、Srが私の手を握ってくれ、やさしく「Don't cry come back」と何度も何度いってくれた。友達からもやさしさをもらった。人の心はやっぱり温かい。今の日本に足りないのは人間が持っている純粋な心だと思う。忙しい中いつも仕事や何かに追われた生活をし、ふと気づくと家族や自分、大切なものまでを失っていたりして一番大切なものに気づかなくなっている。お金や目先の利益よりも「愛」が大切なのだと。一人一人がそれに気づいた時、日本は本当の豊かな国になると思う。「人間の本当の餓えは、誰からも必要とされず愛されない心の痛みだと」(マザーテレサ引用)。人はどんなに貧しくても辛くても、人は人のやさしさの中で愛され、癒され励まし合い、生きぬき文化・芸術・民族・宗教を後世に残していくのだろう。死ぬための命ではなく生きる為の命なのだ。肩の力を抜いて自分には何ができるかできることをできる範囲で人生楽しく生きたい。

 私は大きく成長したと思う。行く前は小さかった自分が今では人に対してやさしくなれたと思う。人から遠ざかっていた自分が今では自分から会いたいと思えるようになった。日本が一番だと思っていた自分が今ではフィリピンにもう一度行きたい、そう思わせてくれた。すばらしい友達とSrと行けて良かった。子供の笑顔と、やさしくしてくれたSr、一緒にVIDES として活動した31のメンバー、そして神の恵みに感謝します。 サラマット 

 

 

 


「フィリピン」            外川 良子

今回フィリピンに行って、貧富の差というものを改めて感じさせられた。マニャアン小民族の人達の典型的な家を見せて頂いた時、「これが家?」というのが正直な感想だった。日本でいう倉庫、それも古ぼけた倉庫のような所で、一家全員が生活していた。しかし、それ以上に驚いたのは、その人達がその生活に不満を抱いて生活しているようには見えなかったことだ。上を見て生活しようとすると、限りなく欲というものが出てくる。しかし、このマニャアン小民族の人達は外の贅沢を知らずに生活しているため、自分達の生活に満足できるのだ。そこは多くの自然に囲まれた聖地のような場所だった。私はそこで、人間の欲深さを感じた。人間は自分達が快適に暮らしたいがために、自然を伐採し、自分達ためだけの社会を作り上げてきた。しかし、そこの人達はまさに自然と共存していた。確かに一般的に見れば、とても貧しい生活だ。しかし、私はある種の羨ましさを感じた。現代社会に住む私達が奪った自然に、その人達は守られていた。現代社会に慣れ親しんでしまった私達には、想像もつかない生活だが、自然と共存する素晴らしさを感じた。

 また、ネグロスでは多くの子どもに母親がいなく、5、6歳の子どもが赤ん坊を抱えている光景を多く目にした。その中に、片足がない赤ん坊がいた。近くに

 

いたおばあさんが「この子は片足がなくて母親もいない」と笑って教えてくれた。瞬時に、私の頭の中をよぎった言葉は、「かわいそう」だった。しかし、そのおばあさんが笑って話してくれたために、「かわいそう」と思ったのは間違いなのかと思い直した。なぜ、それを笑って言えるのかわからない。カトリック教国で、神の愛が降り注いでいるからなのか。とにかく、1つ言えることは、足がなく、母親のいないその赤ん坊は、素晴らしい笑顔を持っているということだ。 最後にストリートチルドレンとの出会い。2年前に会った時は、カメラを向けるだけで大勢が集まってきて、「写真!写真!」と騒ぎ、とてもきちんと写真を撮れる状況ではなかったけれども、今年は違った。写真を撮る時も、礼儀正しくなっていた。何かをする時も、きちんと並び、静かにしていた。この2年での成長に は、とてもビックリさせられた。ストリートチルドレンだから教育しても無駄だと考える人もいるが、絶対にそんなことはないと言いきれる。ストリートチルドレンの家を訪問した。家に窓はなく、ドアもない、五畳位のスペースに7人住んでいたり、周りは下水臭かったりと、正直、お世辞でもき れいと言えるような所ではなかった。いつも共に遊んでいる子どもたちが、ここから来るのかと思うと、心が痛んだ。その時、1人の少年が「日本もこんな感じ?」と尋ねてきた。言葉につまり、やっと出た一言が、「違うよ。」。自分は子どもたちに多くのものをもらっているのに、自分は何もしてあげられていない。子どもたちに、何をしてあげられるのか。そんな多くの疑問を解決し、恩返しをするためにも、また何度もフィリピンに行きたいと思った。


はじめての海外ボランティア体験     青木 三枝

7年前から行ってみたいと思っていた海外ボラ、ついにその機会を持ち体験する事になりました。初めての事で緊張や不安もありましたが、何よりもフィリピンという国を自分の目で見て知り、体験してみたいという強い思いがありました。

 ストリートチルドレンとの出会いがあり、どんなふうに遊んだらいいのかな?という心配がありましたが、遊び始めると" What your name? "と声をかけてくれたり、自然にその子供達の中に入ることができました。一緒にバレーボールをしたり汗をかきながらダンスの練習をして、こちらが楽しませてもらっている様でした。その子供達の中に、学資援助を受け、職業訓練センターの学校に通いながらボランティアをしているリーダーの子が何人かいました。小さい子の面倒をみて、いけない事をすると注意したりする姿が見られました。その関わりの中で、子供達は以前よりも落ち着き、全体的にも良くなっているとの話を聞きました。私はこの光景に強く感動し、目頭が熱くなりました。学資援助で成長した子が戻ってきてボランティアをしている――確実に素晴らしい芽が出てきている事を実感しました。この子達がいずれ大人になり、人の親になり、また自分の子に伝わっていく。すぐには結果をみる事は出来なくても、何十年と時はかかるかもしれないけれど、フィリピンの未来への希望が見えた気がしました。マバラカという所になる女性開発技術専門学校を見学しました。そこでは、ホテルでの仕事の勉強やタイプの練習など、ビジネスに役立つ技術を身につける所で、卒業し、就職後給料からバックして学費が学校に支払われます。交通費は市が援助していますが、中には生活が苦しく、そのお金を生活の足しにして使わずに何時間もかけて歩いて来る生徒もいる

のだそうです。その熱心な生徒の姿勢に、自分の甘い考えや生活を恥ずかしく思い、考えさせられました。ネグロスでの合同キャンプ私がありのままの私と接して100%楽しんで、遊んで、夢中になるということが私に出来ることで、一番大切なことなんだと納得した。私は普段の日常生活でありのままに人と接するのを怖れて自分に鎧をつけてしまったり、時々自分の笑顔が無理していると感じたりすることもあった。フィリピンで私は心から笑っていて楽しんでいた。「ATEMANA!」と呼んでくる子供達が大好きで愛しく感じ、バスケやバレーを夢中になって遊んだ。私はその時の自分がとても好きだ。子供達は毎回会う度に、「What' my name?」と尋ねてきた。しつこい程に。私は名前を覚えて呼ぶことの大切さを実感した。そこから人間関係はスタートするのだ。子供達の私の名前を呼ぶ声、私の手を握った小さな手、本当に輝く目は、心に強く焼きついている。私は一生忘れない。この夏は確かに私にとって、特別な夏になった。に参加した時、フィリピンVIDESメンバーは外国人である私達に対して気を使ってくれ、また親切さやあたたかさを貰いました。そこでは自分のやるべき事を自分で探し、時にはお互い意見を出し合って活動を進めく事ができ、VIDES JAPANのメンバー一人一人の素晴らしさを発見する事ができました。それぞれ違った個人の中に、同じ想いや熱い心を感じ、とても嬉しく思いました。日本に帰りフィリピンの様子を伝え、一つ一つの活動が、とても大切な動きである事をいつも心にとめ、これからもVIDESの活動に参加していきたいと思いました。そして今回、学資援助の大切さ、素晴らしさを知り、未知の能力を持った子供達の為に援助したいと思いました。そう!出来る事から!!


「海外ボランティアに参加して」    木村 幸子

私は、日本へ帰ってくることが少し恐かった。フィリピンの居心地の良さに慣れて、安心してしまっているような気がして、前回日本へ帰った時のようにまたショックを受け淋しくなってしまうのではないかと。

 今回、私は3年ぶりのフィリピンだったのだが、まず空港のドアを入って鼻に付く臭いと寒いくらいのクーラーに、なつかしさを感じた。

 修道院での生活は、思っていたよりもおもしろく、シスター達は皆とても幸せそうで、一緒にいて私も幸せだった。ただ、もっと英語がきちんと話せていたな

ら、もっと充実していただろうと思う。それは、ストリートチルドレンとの交流やフィリピンのメンバーとの間にもいえることで、特にシモンには、英語を学んだ年数的には勝っているのに、全然彼女より話せない自分を、ふがいなく思った。 ストリートチルドレンとの交流は、時間的には短かったものの、彼らの遊びぶりは見ていても、一緒に遊んでいても気持ちが良かった。思わず、私の小学3年生の弟も一緒に遊ばせてみたい・・・などと考えてしまった。日本の子供たちは彼らに比べ、どこか縮こまって生きている気がした。大人の世界を早いうちから見せられ、それに圧倒されてしまっているような、子供達が飲まれつつあるような気がした。しかし、日本の子供たちがストリートチルドレンのように遊んでいたとしたら、それを良しと思える人はどのくらいいるのだろうか。快く思う人はあまりいないのではないだろうか。発展途上のフィリピンの子供と、先進国の日本の子供へは、望むことが、あるべき姿が、違うとでもいうのだろうか。

 もう一つ考えさせられた事は、共に生きるということについてだ。援助と、共に生きるということについて。援助は自己満足で終わってしまっては意味がない。しかし、一歩離れたところから行う援助もどこか淋しい。一緒にいて、手伝えたり、自分にできることを提供し合えたら、それがベストだと思った。

 今回のボランティアを通して、とてもたくさんの出会いがあった。いつか、その出会いを活かして何かできればいいと思った。その時までには、英語をマスターしていたいものだ。 最後に、導いてくださった方々へ、ありがとうございました。

 


「神様、VIDESと共に・・・!」           大駒 直子

 マニラ空港に着いた瞬間ものすごい熱気と共に生臭い臭いが鼻を突いた。顔をゆがめる反面とても懐かしい思いがした。今から2年前、初めてフィリピンを訪れた時が思いだされた。私はこの VIDES 海外ボランティアの参加が2回目だった。両親や友達からは「また行くの?」とか「20日間も夏休みをつぶしてよく行くねぇ。」などと半分呆れられていたが私にとって1回目の参加は目に飛び込む物全てが未知の世界であり、1度に数ヶ国の人々と接する事や、やる事全てが初体験であった。そのため、一応ボランティアはしてきたけれどもそのバックグラウンドにあるものは見えてこなかったし、半分が現状視察だったといえた。帰国直前は来年また来たいという思いでいっぱいだったが私自身あえて1年間という期間をおいた。そして今年やっぱりSCの成長ぶりが見たかったのと、国際ボランティアについて今一度自分の肌で体験して考えてみたいという思いがあったため2度目の参加を果たした。今年はミンドーロという島に行く事ができ、自然のすばらしさと人々の自然との共生を知る事ができて嬉しく思った。

 このVIDES海外ボランティアのメインイベントでもあるネグロス島のキャンプは私にとってとても楽しみだった。なぜならVIDESフィリピンにも久しぶりに会えるし、自分のボランティア精神を2年前と比べてどれだけ発揮できるか挑戦したかったからだ。全体の流れも分かっていたが、やはりイロン語は話せないため今年は表情を豊かにし目で会話する事を心掛けてみたがさすがに子供達の笑顔や元気の良さには負けた。

 HomeVisitationの時は正にカルチャーショックを受け、人々の生活観に心が打たれた。数ヶ所の家へ移動している時、田んぼの向こうから昼間来ていた子供の数人が私の姿を見つけると「Naoko〜!Naoko〜!!」と何度も何度も大きな声で呼んでくれた。こんなにもちっぽけな私が言葉も通じないのにその子供に思い出を作ってあげられた事にものすごく感動して涙が止まらなかったのを今でも思い出す。私達VIDESは各国から物資を集めネグロスの貧しいSCに物がないという貧困の現実に対して少しながらの潤い(物資配給という形で)を与える事ができたのに対し、何でもすぐ手に入り便利さにうずもれている生活をしている私達に乏しい”笑顔”と”家族の大切さ”を与えてくれた気がした。

 DBCのSCもみんな成長していて驚かされたが、最終日に子供達の家を訪問した時は一緒に遊んでいる時には見えもしなかった貧しさを目前にして言葉も出なかった。でもどんなに貧しくても親子間には日本の様な安易な理由での虐待や殺しなんて存在しない。みんな胸を張って生きているのだ。現代社会の日本人の心に忘れ去られてしまっている一番大切なものだと実感した。

 フィリピンという国自体も徐々に発展してきているのが至る所で見受けられた。日本はもとよりフィリピ               ンのシスター方の教育に対する考え方やボランティア精神にはただただ尊敬するばかりだが、自分が待ち受けている”思いやり”を他人に対してたとえどんな時でも最大限に発揮することを学んだ20日間だった。私達が日本を支えていく時代に備えて国際協力という面で最高の体験や勉強ができたと思う。最後に、私達を受け入れて下さったフィリピンのシスター方、また稲川シスター、金子シスターに感謝したいです。お世話になりました!  そしてまたお世話になりたいです!!

 


 

「再会」             伊藤 加奈子

                          わたしは今回フィリピン海外ボランティアに2回目の参                         加だった。なぜまた行こうと思ったか。自分でも良く                          分からないが自然と体が動いていた。直前まで悩んでいたが一つ決心した理由がある。それは去年仲良くなったストリートチルドレンのユニースという女の子にまた会いたかったから。その気持ちが私の心の80%を占めていた。去年帰りぎわに彼女に「また来年も必ず来るね」と約束をした。

それは感動と別れの寂しさから出た一言だったが時間が経つにつれその約束の重さに気付いた。きっと彼女は私の約束を信じ、今年も待ってくれているだろうと思った。

 フィリピンの子供たちは本当に純粋で人なつっこい。そんな彼女の純粋な心を裏切りたくないと思った。しかしフィリピンに着くと彼女はいなかった。家庭の事情でマカティという市に移動したらしい。シスターに聞くとストリートチルドレンは移動が激しいと言う。私はどうしても彼女に会いたかった。その思いをシスターやフィリピンビーデスのメンバーに伝え、なんとか会えるようにと相談した。そして帰国前日、彼女と連絡がとれた。しかしその日は雨、歩いて来るには危険だということでタクシーで来てくれるように告げたがお金がなく来れないと言う。そこで私がタクシー代を払うから来て欲しいとお願いしてその日の夜に再会できた。嬉しくて涙がでた。フィリピンに来て初めて流した涙だった。来てよかった・・素直にそう思えた。またその再会を周りにいたストリートチルドレン達が拍手で一緒に喜んでくれた。みんなに私の彼女に会いたかった気持ちがこんなに伝わっていたのかと感動した。彼らは本当に優しい。自分が苦しみに耐えている分、他人の苦しみがわかる人達だ。だから心から通じ合える気がする。それもシスター方の教育の

 お陰だと実感した。去年もいた子供と今年から来たNewFaceだという子供は全然違う。言葉遣いや話し方、人との接し方など一年見ない間に本当に成長している。教育のすばらしさ、そして大切さを改めて実感した。私も彼らに人として、男として、女としてしっかりと生きていくことの大切さを伝えられたらと思う。フィリピンの貧しさだけが彼らを苦しめているのではない。その貧しさを悪用する人がいる。そんな中で自分を見失っていく人達がいる。少しずつでいい。フィリピンという国に潤いが浸透するように・・・その為に私は何ができるか。今彼らにとって本当に必要な事は何か。日本にいてもフィリピンという文字を見る度に考える。なぜならフィリピンに実際に来ているから、お金がないだけではない、ただ貧しいというだけの国 ではないとわかったからだ。私はきっと一生フィリピンと付き合っていくだろう。ゆっくりと時間をかけてこの国と向き合いたいと思った。毎日が驚き、感動,勉強の日々だった。たくさんの事を吸収した。                         しかし私はどれだけの事ができただろう。                          でも精一杯自分のできる事はしてきたし、関わってきた。フィリピンのシスターやVIDESメンバーも本当に心強かった。私達の望む事はなんでもやらせてあげようと最大限に協力して下さった。積極的になること。そうすればより良い関わりができるとわかった。とても大切な経験となった。これからも彼らと永続的に関わっていこうと決心した。こんなすばらしい時間を与えて下さった神様に感謝いたします。そしてフィリピンシスター、ビーデスメンバー、金子シスター、稲川シスター、一緒に過ごした仲間、両親にも感謝します。フィリピンで出会った全ての人達が幸せを感じていられますように・・・・。