今年度は13名の参加者が稲川シスター、田鍋シスターのご指導のもとに海外ボランティアに参加しました。それぞれが沢山の出会いを通してすばらしい体験をしてきました。 |
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海外ボランティアに参加して・・・・・・・・・・・・・・・雨宮由紀子 〜出会い〜 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・功力 弘子 名前を覚えて呼ぶことの大切さを実感・・・・・・・長坂 真那 海外ボランティア体験レポート・・・・・・・・・・・・・福田 晃子 私にできることなら何でもしたい・・・・・・・・・・・伊藤加奈子 フィリピンは私のセカンド・ホーム・・・・・・・・・・佐藤 悦子 フィリピンと言えば、子供たちの笑顔!・・・・・藤原 麻里 一番充実した体験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森田 由美子 またフィリピンに行きたい・・・・・・・・・・・・・・・・・新井 里実 もっと深くこの国のことを知りたい・・・・・・・・・坂野 友美 フィリピンでのボランティア活動・・・・・・・・・・・竹野 美香 天使みたいな子供達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・関戸 茜 フィリピン旅行で感じたこと・・・・・・・・・・・・・・シスター田鍋 |

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海外ボランティアに参加して 雨宮由紀子 今回フィリピンでのボランティアは私にとって2回目の参加となりました。前回は4年前、学生の時でした。旅行ではなくボランティアとして海外に行き、沢山の出会いを通し、貴重な体験をすることができました。その後、3年間幼稚園で勤めました。その間もフィリピンでの経験を生かし、子どもたちに写真や言葉を通し伝えてきました。日本のめぐまれた環境にいる子どもたちにただ物の豊かさを幸せとするのではなく、真の心の豊かさ、幸せを知ってもらいたかったからです。そして、その間ももう一度チャンスがあればフィリピンに行きたいと願い続けていました。その後、幼稚園を退職し、まず初めに願ったことは、フィリピンボランティアにもう一度参加することでした。その願いがかなった今、神様のおめぐみを強く感じています。 ![]() |
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飛行機で4時間、マニラに到着しました。着いたと同時にあのなつかしいにおい、人々の熱気で胸がいっぱいになりました。何度となくフィリピンをおとずれた方はおわかりでしょうが、ここフィリピンは異国の地という感覚よりも第2のふるさとのような感覚があり、"ただいま"という言葉がふしぎとぴったりくるのです。なつかしいシスター方、フィリピンVIDESのメンバー、子どもたちとの再会!!そして今年もまた新しい出会いが沢山ありました。20日間というかぎられた時間にこのような沢山の出会いがあることはとても貴重な体験だと思います。そしてそのためにはフィリピンの金子シスターをはじめシスター方、フィリピンVIDESのメンバー、沢山の方々の協力があるからこそなりえるのでしょう。そしてボランティアという同じ精神を持った人々が分かち合い、喜びの中で活動することで本当の意味でのボランティアができたことを感じます。自分の心と体を使って貧しい人々のために喜んで働くことが結果的に自分にかえってくるのです。本当のボランティアは、与えること、giveだけではなくまさに"Give and Take"なのです。かならず何百倍もの喜びが自分にかえってくるのです。生きる喜びを体で感じることのできる国"フィリピン"、人々の輝いている瞳、笑顔にもう一度出会いに行きます!!最後に稲川シスターをはじめ田鍋シスター、VIDES JAPANの素晴らしいメンバーに出会えたことを感謝しています。ありがとうございました。
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〜出会い〜 功力 弘子 フィリピンで、何人の子供達と出会ったのだろう?このフィリピンでの一番の思い出は子供との出会いだった。ネグロス島で出会った子供は、言葉がうまく伝わらず、名前もわからなかったけど、顔はよく覚えている。いろいろな教会のミサで出会った子供のことも覚えている。たった一回の出会いだったけどある男の子はミサの祈りのときに涙を流していた。その子の涙も忘れられない。そして、ストリートチルドレンとの出会い。いっしょにバスケットボール、バレーボールをしたことが今でも頭にやきついている。私が目の病気のとき三階からみんなのようすを見ていると気がついて名前を呼んで、手を振ってくれた。私は ![]() |
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フィリピン行く前は、「みんな貧しくてかわいそうだな」と思っていた。でも、実際に子供に会ってその様な気持ちは持たなかった。それは、子供達がみんな笑顔だったからだと思う。そして、私は子供の足元が印象に残った。ビーチサンダルがボロボロな子、履いていない子、傷ついている子、足がまっ黒な子、いろいろな足元があったけど、どの子供も力強かった。その足で、フィリピンの大地をふみしめている力強さを感じた。今頃どんなふうに生活しているのかな〜とよく思い出す。子供達の心のなかに私達がどのような影響を与えたのかわからないけど、私達にとっては最高の出会いで、あかるさと強さをもらった。そして、心から子供達がステキな大人になるように祈っている。 今回、私達だけでなく、多くのシスター達、フィリピンVIDESの人達、そして20日間を共にした仲間達、たくさんの人との出会いがあった。こんなにもステキな出会いができて本当によかった。そして、人との出会いの素晴しさを知り、人というものが好きになった。このフィリピンボランティアは私の20年間の中で、最高の出来事だった。 そして、もっともっとたくさんの子供達、いろいろな子供達と出会いたい。
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名前を覚えて呼ぶことの大切さを実感 長坂 真那 海外ボランティアに参加するきっかけは、高校で行われたVIDESの講演で見たスライドだった。そこには目一杯に笑う子供達の笑顔があった。それを見た時、私はこの笑顔を直に見たいと強く思ったのだ。 そして参加した今回、たくさんの子供と私は出会った。そのどの子供達の笑顔も本当に輝いていた。子供達と触れ合い、遊び、話している時、それを心から楽しみ笑っている自分を発見した。初めて、直にやせた汚れたTシャツを着たたくさんの子供達を目にした時、私は心の中で一体自分に何が出来るのだろうと自問して葛藤した。しかし子供達と一緒に過ごすうちに |
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私がありのままの私と接して100%楽しんで、遊んで、夢中になるということが私に出来ることで、一番大切なことなんだと納得した。私は普段の日常生活でありのままに人と接するのを怖れて自分に鎧をつけてしまったり、時々自分の笑顔が無理していると感じたりすることもあった。フィリピンで私は心から笑っていて楽しんでいた。「ATEMANA!」と呼んでくる子供達が大好きで愛しく感じ、バスケやバレーを夢中になって遊んだ。私はその時の自分がとても好きだ。子供達は毎回会う度に、「What' my name?」と尋ねてきた。しつこい程に。私は名前を覚えて呼ぶことの大切さを実感した。そこから人間関係はスタートするのだ。子供達の私の名前を呼ぶ声、私の手を握った小さな手、本当に輝く目は、心に強く焼きついている。私は一生忘れない。この夏は確かに私にとって、特別な夏になった。
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海外ボランティア体験レポート 福田 晃子 生まれて初めてのボランティア活動、そしてフィリピンという国。体験した全ての事が初めての事で、白分の身に何が起こっているのかがしっかりと分からないまま、あわただしく時は過ぎていった。 家に帰って来て一日経ち、2日経ち、日にちが経ってゆくと、ぼんやりと今回のボランティアから得たものが分かるようになってきた。 まず1つ、何よりも自分にとって宝物となったのは、「素敵な人達との素敵な出会い」ではなかったかと思う。人懐っこいストリートチルドレンをはじめ、陽気なフィリピンのシスター達、そして滞在を共にしたVIDESのメンバー。特に、フィリピンのVIDESメンバーには教えてもらった事がたくさんある。ネグロスでの合同キヤンプで、映画の中から飛ぴ出てきたような美しい海で遊んだこと、バスの中でも疲れた日の夜にも音楽が鳴り出すとダンスを始めること、どんな事でも楽しいことに変えてしまうワー、その他色々なことに感心した私は、心から、異文化って本当に興味深いと思った。また、それを通じて、自分が日本人であるということについて改めて感じた事も多かった。母国語同士では通じ合えない私たちだっ |
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たが、昔楽を通して、笑顔を通じて分かり合えたことは本当に貴重な体験だった。そんな人達と共に作り上げた思い出は、ずっと自分の心の中に宝物として残るだろう。 そしてもうlつはフィリピンという国を体験したことである。飛行機でたった4時間足らずで到着するにもかかわらず、そこに広がる世界は、景色も匂いも食事も気候も全てのものが異なるように感じた。衝撃的だったのは、貧富の差を直に感じた事である。豪邸の横にスラムが立ち並ぶその光景はなんとも言えず異様なもので、そこにフィリピンの歴史を感じた。確かに貧しい人々は日本では考えられないほど貧しい生活をしていた。四季がなく一年中暖かいことも影響しているのだろう。しかし、それではものがあふれている日本人たちは彼らより幸せか、といえば、一概にそうとは言えないのではないかと思う。なぜなら色々なものが発展し、便利さばかりを追求する機械化された日本では、人と人との関わりの量も質も圧倒的に減り、人間までもが機械化していくという恐ろしい現象が起きつつあるからである。貧しいながらも素敵な笑顔を忘れずに生活している光景に、私たちが忘れかけている美しさを感じた。
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私にできることなら何でもしたい 伊藤 加奈子 私はこの20日間のフィリピンボランティアを通して3つのことを考え、そして感じることができた。まず1つは異文化との関わり方である。ネグロス島でのキャンプにはフィリピンVIDESの方達も参加した。そしてキャンプの準備を2日間かけて一緒にやった。その作業の中で日本との違いに気付いた。日本人は計画を立ててきっちり時間内に作業を済ませようとするが、フィリピンの人はとりあえずやってみてダメならやり直そうといった感じで、その違いに私は戸惑いイライラしてしまった。そして楽しむことができなかった。しかしキャンプの当日、子供たちを目の前に、フィリピンVIDESのとVIDES JAPANが1つになり成功した時、私は昨日までの不満は消え、やってよかったという思いが残った。そしてプログラムが進行する中でフィリピンVIDESの方達がVIDES JAPANがやりやすいようにと協力してくれたり、このプログラムの土台を作っていたことに気付き昨日までの自分を情けなく思った。その夜のパーティーではダンスをし、歌をうたって、心から打ち解けることができた。そしてそのダンスや歌を通して、言葉の壁を越え、心から分かり合えた気がする。私はその国に行ったら、自分の国の文化、習慣を押し通すのではなく、その国の文化習慣全てを受け入れ自分のものとするのが正しい |
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異文化との付き合い方だと思ったし、海外へ行く楽しみとなると思った。せっかく違う国にいるのだから、その国の人になりきるくらいしてはいいのではないだろうか? そしてもう一つは、自分自身を持つということ。"自分を持ちなさい"と小さい頃から親や学校の先生に言われてはいたけれど、その自分探しに困っていたし、実際にどういうことなのかよくわからなかった。でも今回、日本を離れ20日間すごした中で、自分というものを少しは見つけられたし、自分探しについて考えた。フィリピン人やアメリカから来たシェリルやイギリスから来たリサと接する中で、多少なりとも言葉の違いを感じた。しかし会話の中で、彼らは私の物足りない英語を一生懸命理解してくれようとしているのが伝わった。私は自分の考えていること、日本のこと、とにかく彼らの質問に精一杯の英語で答えた。そして私もイギリスのこと、アメリカのこと、フィリピンのことをいっぱい聞いた。"あー、これだ。"と思った。 ![]() |
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上手に英語を話すより、もっと必要なことがある。私は日本人であるのだから日本という国を知っていなければならない。そして一人の人間として自分というものを知らなければならない。それがシスター達も言っていた"自分の色"というものだとと思った。英語が下手でも相手が興味を持ってくれれば一生懸命聞いてくれる。だからまず、上手に英語を話すのも大切だけれど、それよりも日本という国、日本人という自分について勉強するべきだと思った。これは大学で英語を勉強しようとする私にとってとても大きな収穫だった。 そして最後に、子供たちとの出会いについて。私は結膜炎になってしまって5日間の出会いのうち2日しか子供と会うことができなかった。このことについては残念という気持ちもあるし、もっと会いたかったと思うけれど、病気になってベッドの中にいた間にそれ以上のものを感じた。今回私はボランティアで来たけれど、私は何かをしてあげようという思いよりも、フィリピンという地にいる間はこの国の人たち、そして子供たちと同じ目の高さで、同じものを見て、同じ空気を吸っていたい、つまり分かち合いたいという思いの方が強かった。はじめ、目が真っ赤になって何の病気か分からず、不安でしようがなかった。もう日本に帰りたいと思った。しかしよく考えたら、その日会った子供たちの目も自分と同じように真っ赤だったのだ。その時私は、あ、このために来たんだって思った。子供たちの苦しみや痛みを、この私の目を使って感じ取り、共に苦しむことができた。 |
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この苦しみを持った子供たちと共に生きているのなら、私がこうして病気になるのも当然だし、何も私が特別ではない。そう思った時、自分の中の不安はほんの少しだけれどなくなった。そして残りの時間一生懸命やろうと思った。これら全ての出会い、経験を通して日本のすばらしさも改めて感じた。それはずっと日本にいたとしたら気付かないことだろう。だから海外に行くのはたのしい。日本をいつもとは違う目で見れるから。そして私は今回出会った子供たちとのつながりはなくしたくないと思った。思い出にはしたくない。いつもどこかで現在進行形でつながっていたい。 今はまだ、またフィリピンに行きたいと思うか思わないかは分からないけれども、日本にいても私にできることなら何でもしたいと思う。私にもできることがあるとわかったから。そして日本がすばらしいから、豊かだからこそ、いつも自分とは違う人たち、子供たちがいるということを心におき、そして感謝の気持ちを持って生きたい。 この20日間で、フィリピンの子供たち、フィリピンVIDES、シスターそして一緒に言った仲間たちにすばらしいものをもらった。それは、今、こうして文字にして語れるすばらしい時間と出会いである。出会いって本当にすばらしい、と心に感じた。ありがとう。そしてお父さん、お母さん、フィリピンに行く私を支えてくれて、見守ってくれてありがとう。
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フィリピンは私のセカンド・ホーム 佐藤 悦子 8月15日から20日間、海外ボランティアでフィリピンに行って来た。待ちに待ったフィリピン。マニラの中心部はとてもきれいで高層ビルばかりだったが、少し奥に入れば目を疑ってしまうほど、街は車と人でごった返していて、クラクションが鳴り響いていた。 初めてのボランティアは、ネグロスでの合同キャンプだった。このキャンプを楽しみに2、3時間かけてでもくる子ども達もいた。そして2千人集まった。前日、その準備が大変で肉体的、そして精神的にも参っていた。それは言葉の壁だった。シスターやフィリピンVIDES、たくさんの人々と話したかったが、英語が通じない。聞き取れないので答えたくてもできない。ジェスチャーだけではどうしようもないことを再認識した。 |
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当日---子ども達は初め恥ずかしがって笑わなかったが少しずつ笑顔が出て来て、最後には私の事を名前で呼んでくれた。子ども達とは言葉でなく肌で触れ合うことで分かり合えた。この時、言葉の壁が少し和らいだ気がした。ドンボスコスクールに戻ってからも、4:30から来るストリートチルドレンに会うことが楽しみで仕方なかった。多少言葉が分からなくても、一緒にいる時間が長いと、自然に分かり合い、対等になって遊ぶことで、子ども達は私達のことを、より身近に感じてくれていると思った。 この20日間、たくさんの人との出逢い、そして別れがあった。ただの旅行では味わえない貴重な体験をした。もっと英語が話せるようになって、来年またフィリピンに帰って来る。 ---フィリピンは私の セカンド・ホームになったのでした。----
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フィリピンと言えば、子供たちの笑顔! 藤原 麻里 フィリピンと言えば、マンゴー、リゾート地のセブ島、バナナ、そんなイメージがあった。実際にどこにあるかも分からなかったし、何時間で行けるとか、時差が何時間あるかなんて、知らなかったし気にもしなかった。それが、今年の夏にそのフィリピンに行くことにした。会社に勤め始めて自分が何をしたいのか分からなくなっていた。時間が欲しかったのと、自分に対して何をしたら良いのか分からないなら、まず他人のために何かしようと思ったから。不安だったことは、ストリートチルドレンとの交流。これが一番メインなんだけど、私はこれが一番不安なことだった。英語も海外旅行も大学時代から親しんでいたことなので、これは得意分野だった。しかし、子供たちと遊んだり面倒を見たりなんてしたことがなかった。どちらかというと、子供たちと何かをするなんて苦手なことだった。教会の日曜学校とかで子供たちと遊んだりしたことがあったけどどう接して良いか分からなくて避けていたし。しかも参加するメンバーがYMCAの |
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リーダーだったり、大学で幼児教育を学んでいたり、おまけに幼稚園の元先生とかもいたりして、なおさら不安に思えてきた。最初にストリートチルドレンに会ったのは、私達が泊まる学校についた時。勢いよく走ってきて、私達の荷物を自ら運んでくれた。笑顔で話しかけてくる子供たちにびっくりした。そして人なつこいことにも。子供たちと毎日のように会っていくうちに、気づいた。子供たちと仲良くするにはまず笑顔。目があったら笑って、そして話しかければいい。「今日何した?」とか「趣味は何?」とか学校のことなど。話せば素敵な笑顔になって、こちらも暖かい気持ちにさせてくれる不思議な子供達。でも、よく見ていると、寄付されたような日本製の服を着ていたり、食事を食べないで>家族に持って帰ってたり、彼らが口に出さない部分で貧しさを感じた。ショックだった。フィリピン人のシスターが言っていた。「全ての人を救うことはできない」けど、少なくとも私たちが出会った子供たちの幸せを願うことはできる。援助をすることもできる。今回の旅行で自分が何をすべきか少しみえてきたような気がする。そしてこれだけははっきりと言える。 フィリピンと言えば、子供たちの笑顔!
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一番充実した体験 森田 由美子 今回のフィリピンボランティアで私はなかでもネグロス島のマリーハーでもキャンプが印象に残った。このキャンプは2000人程度の子供達を招待して、ゲームをしたり、ランチを食べさせ、最後にお土産として米を2キロ、古着、学用品をプレゼントとして渡すという物である。私達VidesジャパンはVidesフィリピンのメンバーと協力してその準備と開催を手伝った。 |
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はっきりいって始めは言葉や準備のしかたに隔たりがあり、イライラした部分もあった。しかしVidesフィリピンの明るい性格や、私達に対するオープンな態度に最後には大変仲良くなれた。また子供達もはじめは私達に慣れてくれなく、言葉も通じないためこれからどうなることやらと感じた。しかし少したつと英語のできる子供を中心に仲良くなる事ができた。私達に積極的に話し掛けてくれたことは本当に嬉しかった。 準備は夜遅くまでかかったりして大変だったが一番充実した体験だった。役にたてて良かったと心から思う。
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またフィリピンに行きたい 新井 里実 2年ぶりのフィリピンでしたが、相変わらずの子供たちのかわいい笑顔と出会い、金子シスターをはじめとしたやさしいシスター方に支えられ、今年も素敵な経験ができました。 マニラの子供たちは大きくなっていました。英語もうまくなっていました。子供にとっての2年間は本当に大きなものなのだと改めて感じました。また、フィリピンという国も変わりつつあるのだと思いました。学校に通えるようになった子供も増えたようで、制服姿の子供たちの中では、日本語の教科書を片手にいろいろと質問してくる子供もいました。 そして、VIDESフィリピンとのネグロス合同キャンプでは、世界のVIDESメンバーとともに活動することができました。マニラよりもさらに貧 |
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しい子供たち。学校にいけない子供たちも多く、お姉ちゃんやお兄ちゃんが弟や妹の面倒をみるというのは、ごく当たり前の風景でした。 フィリピンに行くと毎回考える「貧しさとは」。確かに生活水準はとても低いと思います。仕事がなく、子供たちは毎日満足に食事もできず、学校にも行けず家の仕事や兄弟の面倒を見ています。でも、みんなの目が輝いていて、遊ぶときも、働くときも一生懸命、毎日を大切に生きています。ボランティアで行く日本人、経済面では決して貧しいとは思いませんが、ストリート・チルドレンにはそれとは異なる豊かさがあるのだと感じます。そして、またボランティアをしに&されに、またフィリピンに行きたいと思うのです。
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もっと深くこの国のことを知りたい 坂野 友美 私は10代最後の夏休みを「フィリピン」という国で20日間過ごしました。フィリピンに行くことが決まってから、どのような国なのだろうと思い、自分なりにいろいろと調べいくつかのイメージを浮かべて行きました。ですがマイナスイメージの事ばかりが浮かんでしまっていました。そして、緊張と不安を胸に秘めながらフィリピンに出発しました。 しかし、マニラに着いた瞬間、今まで考えていた不安などは、吹っ飛んでしまうぐらい活気に満ちていました。そこからは不安ではなく好奇心で胸が一杯になっていました。バスの中から見る初めての世界は、噂に聞いていた通り、雑巾や新聞を売る子供達の姿が見られました。そして驚くくらいメチャクチャな交通ルール、でも私は、そのアバウトさがとても好きになりました。 それから、最も私が好きになったものは、シスター方や子供達の笑顔です。「ニッコ!」と笑った瞬間、とても心が穏やかになりました。何度その笑顔に |
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「ハッ!」とさせられたことか、わかりませんでした。どんなに貧しくても、あれだけの笑顔ができるという事は、何よりも宝だと私は思います。又、私がとても嬉しかった事の一つにフィリピンの人達はダンス好きという事です。リズミカルな音楽がかかると、周りに居る人達を上手にリードして誘い込んでくれることが何よりの感謝でした。 そして、今回私がつくづく感じた事は、それぞれの国には、当たり前だが独自の文化が存在していて、コミュニケーションをとっていく上で、それぞれの国の文化を受け入れて行かなくてはということです。頭の中ではわかっていても、なかなか難しいものです。一緒に作業して行く中で、戸惑う事が何度かありました。しかし「フィリピンには、フィリピンのやり方があるんだ!」と思えるようになってからは、心の中に溜まっていた悶々とした物もすっかりとれました。 本当に、学んだことが多すぎて何を書いたらいいのか困ってしまうのですが、やはり一回行っただけでは、フィリピンの魅力は全てはわかりません!!もっと深くこの国のことを知りたいと言う気持ちが、私の心の中で今からふつふつと湧いています。今回の20日間で、出会った人達との、素晴らしい関係をこれからも大事に温めて行きたいと思います。又、フィリピンに帰る事、そして日本からフィリピンにいる全てのファミリーに幸せな毎日が送れるよう祈っていたいと思います。 フィリピンは一日にしてならず |

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フィリピンでのボランティア 竹野 美香 異国の地フィリピンにおりたち、ドンボスコスクールについた時、荷物を運び出していたら、ストリートチルドレンが次々に来て、私たちのお手伝いをしてくれたのがものすごい印象に残りました。子供たちだけじゃなく、むこうの人たちの暖かさにこの20日間でふれることができた気がします。 私たちは、マニラだけでなく、ネグロス島にも行き、ボランティア活動をしましたが、自分たちがプレゼントした以上にすばらしいものをもらうことができました。私たちのした「物のボランティア」の代わりに「心のボランティア」をしてもらった気がします。どこに行っても行くたびに心があったかくなり、日ごろ忘れていた何かが帰ってきたような気持ちになれました。 |
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本当のことを言うと、フィリピンに行くのが不安でした。英語もろくに話せなくて、コミュニケーションがとれないどころか、へんな病気になるよ、とか食べ物や水であたるよとか友達にうるさいほど言われていたからです。でも、実際行かなければわからないことがよくわかりました。食べ物にあたるなんてことはなかったし、水だってちゃんと浄化されたものを飲めば、問題ないし。ただそれはドンボスコスクールに滞在させていただいていたから言えただけかもしれませんが。でも私はフィリピンが好きになることができました。こんなに心が暖かくなれたのは久しぶりだったし、楽しみながら仕事をする習慣にはちょっとイラだってしまったけれど、おかげで異文化を受け入れ尊重するということを、学ぶことができたからです。あと一つ問題はというと、私の語学力の問題くらいです。まったく全然といってよいほど英語ができなかったので、しっかり勉強してまたフィリピンに行きたいと思います。稲川シスター、田鍋シスター、素晴らしい経験をありがとうございました。
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天使みたいな子供達 関戸 茜 この20日間、沢山の子供たちと出会えた事が私にとって一番の思い出です。子供たちの元気いっぱいの姿や、沢山の笑顔に囲まれて、沢山の貴重な体験をしてきました。フィリピンの人々の生活は、貧富の差があり、その中で、1日食べられるか、食べられないかの生活をしている人々や、学校に行きたくても、お金が無い為行けない子供がいたり、服装も、ボロボロの洋服を着ている人々の姿が見られました。そして、中には子供たちがもらったご飯を半分自分で食べて、残りの半分を、大切にポケットの中に入れ、もってかえって家族で分け合って食べようとする子供の姿も見られました。 ![]() 日本は、自分の物は、自分だけの物という考えをもっている人は、ほとんどの人がそうかもしれない。でも、フィリピンの人達は、ほんの残り少ない食べ物 |
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でも、分け合おうという気持ち、自分よりも、年下の人にあげようとする気持、とても温かい心の持ち主だって思いました。フィリピンの人達はきっと、自分を犠牲にする事もたくさんあると思います。フィリピンの人々の心の温かさ、すごく感動しました。言葉の壁を感じてしまい、時には苦しい、つらい、と思ってしまった部分もありました。でも、子供達と、バスケットで交流を深めるなかで、今、私が出来る事は、子供達と同じ視線に立って、子供達と同じ位、汗を流し、喜びやうれしい気持を一緒に共感する事だって思いました。子供達と触れ合う時、私は、言葉ではなく、子供達と同じ気持ちになる事が出来ました。子供達と遊ぶ事、手をつないだり名前を覚えたりご飯を配ったりする事で、子供達はすごく喜んでくれました。 子供達にほほえみかけると、子供達は、笑顔を私達に見せてくれる。その子供達の笑顔は生き生きしていて、すごく輝いていました。子供達はすごく元気で、私も元気を分けてもらえた気がしました。そして、子供達の元気いっぱいの歌声は、私の中で忘れられないくらい、心に残っています。私達にとって当たり前の事でも、この子供達にとったら素晴らしい事なんだって思いました。きっと嬉しい事でも人一倍嬉しい気持ちになるんだなって思いました。貧しい子供達というよりも“天使みたいな子供達”という方が一番似合う言葉だと思いました。
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フィリピン旅行で感じたこと シスター田鍋 この度、フィリピン海外ボランティアに参加させていただいて強く印象に残ったことがありました。国民性の違いといえばそれまでですが、なにか世界が違うように思えたのです。フィリピンの方たちは、人を歓迎すること、人と共に喜ぶことが上手であるということです。時間を気にせず、見栄を張らず、前から知っていた人であるかのように、初めての外国人である私たちをすぐに受け入れて下さるのです。 海外ボランティアのメインともいえるフィリピンVIDESとの合同キャンプで初めて顔を合わせたときも旧知の仲のように私たちを温かく迎えてくれました。イヴェントの準備作業をする時、合理的に作業を進めるということよりも親睦を深めるという交流を大切にしてくださっていることに後で気付きました。「時間」「急いで」の中に生活している私たちにとっては全くの別世界でした。 子供たちは明るく、ひとなつっこく「ストリートチルドレン」という言葉に私が持っていた偏見のようなものはうち消されてしまいました。住居は粗末で食生
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活も貧しく・・・しかし、家族の絆はしっかりとしており子供たちの心は安定しているのです。学園内でシスター方からかわいがられ教育されていることもあるでしょうが、彼らは、初めての私たちをすぐ仲間にしてくれたのです。学園で出された食事を家にいる兄弟のために持って帰ろうとした子どもが(それだけでも感心していた私)、私にそれをくれようとしたことには感動しました。 「合理性」「効率」そのような文化に完全に汚染されている私たち。そして「人を愛せよ」というイエス様の道に、日夜生きよう励んでいる私たち。 この旅行を通して、人間として、キリスト者として生きるということに豊かにされ、今まで以上に問題意識を持つようになってきました。感謝以外に言葉がありません。 ![]()
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